ゴミを再生する、といえば思いつくのはリサイクルだが、「再生」といいたくなる。
しかしアルテポーヴェラってこういうのがホントなんじゃ。って思うね。
発砲スチロールの壊れた箱や駅弁の紙箱やDMになっているのは箪笥だが
生活のなかで打ち捨てられた者たちを別な発砲スチロールとか石膏とか、紙箱を使って
パッケージを絵の具で書き足して「再生」する。
客観的に見ると「修復」と言うのが適当だが、狙っているのは修復じゃないんだな。
見ていると「ブラックジャックみたい!」とどきどきわくわくする。
~ 2009年10月31日
ギャラリー現
http://www.jpartmuseum.com/jam_live/g_gen212/
居住地の家屋の廃材と絹の綿、ガラスを使って作られた作品。
人の手、素材としての木(下記のウェブにも書いてあるが)両方に対しての寄り添う態度、
そして繊細な見せ方のセンスに好感を持つ。
~10月25日(日)
トキ・アートスペース
http://homepage2.nifty.com/tokiart/091012.html
庭園美術館で開催された、手芸系アートの日本人作家を集めた展覧会である。
手芸的手法といえばルイーズ・ブルジョアやアネット・メサジェなどキャリアをつんだ大物が
随分前から取り入れていたが、ここ数年で平面作品の手法としてぱーっと普及してきたように思える。
私が気付いたのが日本ではフィリップモリスアートアワード2000の秋山さやかの作品くらいから。
2年前行った米国のレジデンスでもマッチョな男性彫刻家がロビーで編物をしていたり
推定65歳くらいの女性アーティストがアナーキーな刺繍作品を作っているのを
「あー、手芸が流行ってんなー」と見ていた。
ちなみに私は手芸嫌いである。何故なら肩が凝るから。
最終日だけあって展示会場はそこそこ混んでおり、20代女性客が多かった。
待ち合わせたT2は「チケットを買うとき、ドレスコード割引されちゃったよー」と驚いていた。
レースものを身に付けていると割引きが適用されるらしい。
概ね想像を越えない無難な展覧会だったが、
そのなかでただ一人、奥村綱雄だけが異色であった。
庭園美術館のウェブサイトでは制作をしている奥村綱雄の画像しか載っていないが
他の作品が刺繍的手法を全面に押し出しているのに対し、
奥村の作品は実物を前にしても「えっ、これって本当に刺繍?」と目を疑う作品だ。
一見、色面。よーくみると一つ一つは見えるかどうか分からないくらいのつぶつぶした縫い目がある。
禅僧ですか?と聞きたくなるほどストイックな作品である。
チラシや画像では絶対に分からない。
他の作品に比べ、最も小さいサイズの作品。長辺30センチないのではないか。
それでも負けていないのがすごい。
一見普通の家具と思って近寄ると、
家具としては使用不能なオブジェであった。
ギャラリストに聞いたところ鉄の作家とのこと。
工業製品であれば左右対称のものであるはずのものが
よく見ると微妙にいびつな形をしているところが
物体に対するいとしさを喚起させる。
~9月27日(日)
トキ・アートスペース
http://homepage2.nifty.com/tokiart/090914.html
最近展覧会のレビューを全く書いていないのは
気力がなかったせいなのだが、書かないでいるとどんどん忘れるので
やはり残しておくことにする。
実は越後には今年2回も行ってしまった。
計4日弱かけて7~80点は見たことになる。
このトリエンナーレは全てで300点以上あるのでこれでも1/3も見ていない。
数が多く、コンセプトもばらばらなので多くの作品は記憶に残らないが、
逆に有名無名を問わず、残る者は残るという、ある意味公平な展覧会ともいえる。
残る者の特徴は、土地や展示会場を使ってどれだけ相乗効果を発揮できているか、
この1点であると思う。
3年前に見たときはクリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマンが圧倒的にすごいと思った。
今回も圧倒的だったが
加え、直感的に書き出すと以下の美術家が記憶に残った。
ジェニー・ホルツァー
マリーナ・アブラモヴィッチ
塩田千春
馬文
山田健二
マーリア・ヴィルッカラ
ロビン・バッケン
スラシ・クソンウォン
スラシ・クソンウォン(タイ)の作品は高原の斜面に設置された巨大なブランコなのだが
(説明を読むと『ラ・モンテ・ヤングの「コンポジション」をコンセプトに、
神社やサオチンチャ(タイの巨大鳥居)のような木製の門型に古典的な椅子を吊るした。』
とあるがブランコにしか見えない)
乗るとやけに楽しくなり、体が勝手に笑う。
子どもの頃はこんな風に笑っていたなあと思い出したが
これって体が記憶している共通言語の一つだろうか。
単純だがそういう仕掛けに引っかかってしまうのは私の問題か。
3年前にも田んぼの上に設置されたブランコに引っかかったものである。
逆にいつも発表しているような作品、どこに設置しても問題ないような作品は、
見劣りがするという特徴をもつ展覧会である。
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