というのは2月2日に間違えて豆を撒いてしまったからだ。
晴れた午前中に窓を開けて豆を撒く。
まめまきの後友人に会った折「今日はまめまきをしてきたよ」と報告すると
「節分は3日である」と指摘され、
翌日改めて豆を撒く。
撒いた豆は後ほど拾って食べる。
まるで鳩のよう。
歯間ブラシを使っていたら被せ物が取れたので
以前検索してマークしていた近所の歯医者へ出かけてみる。
マークした理由は口コミサイトで評判が良かったからである。
普通の一軒屋兼歯科医の建物である。結構古い。
トビラを開けると患者はいない。
受け付けの窓も閉まっている。
でもちゃんと営業時間は確認してきたので受付の窓を開け「すみませーん」と呼んでみる。
誰もいない。返事もない。
ちょっと悩む。
このまま帰って駅前のこじゃれた(?)歯医者にいくべきか。
3回目に叫ぶように呼ぶとようやく返事がある。
おじいさん先生で耳が遠かったようだ(近所の自転車屋も近所のたばこ屋もそうだ)。
「どうぞ」と言われ入ってみるといるのはその老医師だけである。
治療台は2台。胡蝶蘭二鉢。以前通っていたハイテク歯医者とは違い、古くからある一般的な設備。
状況を説明すると
「ああ、それならすぐ済むから」とのことで保険証を渡し、治療台に横になる。
しかし詰め物をはずしてもらい、うがいをしたあと備え付けの箱の中の
ティッシュを取ろうとすると入れ方がとても雑なので突然不安が芽生える。
ああ、無理して入ることなかった…。。。
ライトについている付着物(型を取るときのゴムなど)を悲しい気分で見る。
被せ物はすぐ付いたが、固定するまで待っているときにきょろきょろしていると
いつのものか分からないくらい古い
歯科医師協会の料金表を見つけ、そこには「初診料3000円、(たしか)領収書書2000円」などがあり
「9000円しか持ってないけど足りるのだろうか」と治療は終わっても不安は増す一方である。
しかし料金は私の心配に反し760円だった。
1000円渡すと医師自ら小銭を数えて渡してくれる(小銭もまた治療室の箱の中にじゃらっと入っているのだった)
「なら歯石もあったら取ってください」と言うと
「ヤニはあるけど歯石はないね。ヤニは保健対象外だからやめときなさい」と言われる。
解剖図や大変美しい義足からハーストの近作まで幅広いセレクトの展覧会である。
これは企画が大変そうだなー
象牙でできた、解剖人形が超チャーミングで珍しく所有欲が芽生える。
記憶に残ったのはこちら
ヴァルター・シェルス「ライフ・ビフォア・デス」
おそらくこれにインパクトを受けた人は多いのではないだろうか。
一般の人の亡くなる前の姿と亡くなった直後の姿の写真を並べたもの、
そしてその人がどんな人物だったかを説明するテキストで出来ている。
単純な作品だが、片方の写真、あるいは片方テーマに注目する作品とは
迫ってくるものがまるで違い、感情が揺さぶられる。
そういう意味で最小のアイテムで最大の効果を引き出すことに成功していると思う。
ブラザース・クエイ「ファントム・ミュージアム」
サー・ヘンリー・ウエルカムの(たしか依頼で作ったと書いてあったような)コレクションである
人体模型や医学道具を使ったショートムービー。
久しぶりにブラザース・クエイの映像を見れて嬉しい気持ちもあるが、
今回の展示で見ることができたかわいいオブジェ達もいきいきと活躍しており完成度高し。
ステラーク「腕にある耳」
この作家以外に蛍光色に光るウサギを作ったという作家も紹介されていたが
発表時に論議をかもしたらしく記録のみ紹介されていた。
私も個人的には他者の命そのものを作品化するのはNGだと考えるが
傾向としては似ているものの、自らの腕に耳を培養するという
この体を張ったこの作家には一票入れてもいいかなと。
また、頭蓋骨を削って作るというタブローが紹介されていたが、
これは見ること自体が大変重く感じられるとともに、自分の中での位置付けに困っている。
-2010/2/28
森美術館
医学と芸術展
http://www.mori.art.museum/contents/medicine/index.html
ケントリッジといえば1999年ベネチア・ビエンナーレで見て
アン・ハミルトンと共に最も記憶に残った美術家の一人。
南アフリカ出身で日本では初めての展覧会。
ドローイングを描き、コマ撮りし、それを消してまた描くという
思い切った手法をとり、アニメーションを作った作家である。
南アフリカ出身作家といえばロビン・ロードといい、
アナログ手法を逆手に取ったような傾向を感じるが
これは紹介する側の問題だろうな。
まあとにかく力があります。
だがビエンナーレで見たアニメーションが1点ものだったせいもあるが
一度に沢山のアニメーションを見るのは
見るほうも力が要るのです。
展示の前半は政治的テーマと自我にみちみちたアニメーション、
後半はカメラオブスキュラなど、視覚的手法に興味が移ったような作品が増えてきますが
個人的には前半のベタベタな「この世の悩み」的なアニメーションに妙なリアリティを感じて惹きつけられます。
ドローイングも美しい。
デブでハゲなウィリアムのハダカがまたもやラブリー。
2010年1月2日(土)~2月14日(日)
東京国立近代美術館
ウィリアム・ケントリッジ 歩きながら歴史を考える そしてドローイングは動き始めた……
http://www.momat.go.jp/Honkan/william_kentridge/index.html
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