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2009年5月5日に引越しました
Posted by tanakaakiko - 2015.01.05,Mon
ムーンライダーズ友達と新年のカラオケにでかける。
私は途中からの参加となったが7人で合計7時間の
ソフトドリンクのみのムーンライダーズのみのカラオケであった。
やけにストイック。
「もう歌えない」と言いながらマイクを握る友人Tであった。
「なのにーなーぜーはをくーいしーばーりー」という歌詞がちらと浮かぶ。
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Posted by tanakaakiko - 2014.12.31,Wed

もう終わってしまったのだが秋から年末にかけて赤瀬川原平の展覧会があった。
今年は2月にもハイレッドセンターの展示が松濤美術館であったり
何故か赤瀬川原平の当たり年?だったといえよう。
にもかかわらず展覧会直前に作家が亡くなってしまい、大変ショックなのだった。

千葉という距離もあり重い腰を上げたのはぎりぎり最終日。
2フロアに分かれての展示だったが、そのうち1フロアはハイレッドセンターの展示で
松濤美術館の企画と被り既視感バリバリである。
まあ赤瀬川を語るにあたって模型千円札裁判は一番著名な
出来事であったのは間違いないので仕方がない。
それに今からすればハプニングがこんなに日本で脚光を浴びたことは
過去から現在においてもなかったのではないか。

個人的には日常に異なる視点を持ち込むという意味で
私の生活にも彩を加えてくれたトマソン芸術は赤瀬川の代表シリーズであり
これを見ることができたのはうれしかった(と言っても写真だが)。
また櫻画報の原画、美学校の資料などが展示されるなどの収穫があった。

展覧会の概要にもあるが、赤瀬川原平の仕事とは一貫して
(あるオブジェを突き詰めるて作るというのではなく)
常識的な見方から視点をずらし転倒を図るということに力点を置いてあり
しかしだからこそ一般にこれほど受け入れられたのではないか。
生活の中に違和や可笑しみを発見し思考を展開させ続ける、
これこそが生活の中にアートをということなのではないかと思った。

http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2014/1028/1028.html
赤瀬川原平の芸術原論-1960年代から現在まで-
千葉市美術館
2014年10月28日(火)~ 12月23日(火・祝)

Posted by tanakaakiko - 2014.12.21,Sun
3年ぶりのムーンライダーズのコンサートに行く。
3年前に無期限休止のライブのことをこのブログにも書いたが
休止だったはずがなぜ再開したかというと、
昨年12月17日に亡くなったメンバーかしぶち哲郎の命日の追悼コンサートなのだった。
途中までかしぶち哲郎の曲を中心に展開していくが、
グループワークの成せる技を思う。
というのはやはり一人だけの曲ではムーンライダーズのスケール感が出ないのだ。
個々の個性が融合してこそ、とか、よく言うセリフではあるが
実際に目の当たりにした思いがした。
アルバムからのアレンジの素晴らしさに感動するとともに
(特に「気球と通信」はもう一回聞きたい)それだけのリスペクトをお互いに持っていたからこそ
このグループの存在があったんだなあとしみじみ思う。
そしてライブの終わりはかしぶち哲郎の映像の後ろで
メンバーと息子がインストゥルメンタルを演奏し前回以上に悲しすぎる…。
Posted by tanakaakiko - 2014.12.21,Sun
サロンとも言うらしい。
今回は色をメッシュに入れたため、2時間くらい拘束される。
美容院の椅子に座ると、待たされる度に
くるくる回りたくなるのを、我慢する。
Posted by tanakaakiko - 2014.10.30,Thu

一応、見れるときは見に行く横トリである。
この展覧会、正直がっかりする過去もあったものだ。

今回のディレクターは森村泰昌。
初めての国際展のディレクションとのこと。

まずはメイン会場の横浜美術館から見始める。
意外にもはじめの作品はマレーヴィチやジョン・ケージなど物故作家であった。
普通の現代美術館みたい。
絵画や楽譜などは普通、大型の国際展で見ることはないが
こういった作品により落ち着いて見始めることができる。

こんかいのテーマは「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」
そのタイトルの通り、会場のところどころにあるキャプションに
どのような視点で忘却についてを捉えたのかという作品群についての説明があり、
鑑賞者は常にそのテーマと共に歩む事になる。

グッときたのは
「華氏451の旅
人類の歴史に繰り返し登場する、思想統制という強制的になにものかが抹殺される悲劇。これを冷静に見つめなおす旅。」
ここにはかんらん舎、大谷芳久コレクションの
三好達治や高村光太郎の戦時中に書いた戦意を鼓舞する詩などが展示されている一方、
松本竣介の家族に宛てた私信が展示されている。
当時の時代の要請(ニーズ)に応えたものだろうが前者は今の私には違和感しか感じない詩の数々。
私が就学時代に学んだ三好や高村の詩とは似ても似つかず衝撃を受ける。
後者はいつの時代も変わらない家族のやりとり。

タリン・サイモンの
インスタレーション「死亡宣告された生者、他、全18章の物語」は
ウクライナの児童養護施設の子供たちの写真をはじめとした主題とともに
その見せ方も素晴らしく、作品と共に隠された世界の向こう側を見る思いがした。
(事実は自分が目を閉じているだけなのだが)

また釜ヶ崎芸術大学など忘れられがちな人々が暮らす街を拠点としてアート活動を行っている活動も紹介。

全体として社会性の強い、今、見て感じる必要性を訴える作品が多い印象。
ピエール・モリニエやジョゼフ・コーネルなど内面に向かう傾向の作品も並行してあるのだが
混乱することもなく、楽しむことができた。
どういう仕組みでそう感じるのかは分からないが
やるじゃん森村泰昌というかんじ。
おすすめです。

-2014/11/3
http://www.yokohamatriennale.jp/2014/index.html

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