庭園美術館で開催された、手芸系アートの日本人作家を集めた展覧会である。
手芸的手法といえばルイーズ・ブルジョアやアネット・メサジェなどキャリアをつんだ大物が
随分前から取り入れていたが、ここ数年で平面作品の手法としてぱーっと普及してきたように思える。
私が気付いたのが日本ではフィリップモリスアートアワード2000の秋山さやかの作品くらいから。
2年前行った米国のレジデンスでもマッチョな男性彫刻家がロビーで編物をしていたり
推定65歳くらいの女性アーティストがアナーキーな刺繍作品を作っているのを
「あー、手芸が流行ってんなー」と見ていた。
ちなみに私は手芸嫌いである。何故なら肩が凝るから。
最終日だけあって展示会場はそこそこ混んでおり、20代女性客が多かった。
待ち合わせたT2は「チケットを買うとき、ドレスコード割引されちゃったよー」と驚いていた。
レースものを身に付けていると割引きが適用されるらしい。
概ね想像を越えない無難な展覧会だったが、
そのなかでただ一人、奥村綱雄だけが異色であった。
庭園美術館のウェブサイトでは制作をしている奥村綱雄の画像しか載っていないが
他の作品が刺繍的手法を全面に押し出しているのに対し、
奥村の作品は実物を前にしても「えっ、これって本当に刺繍?」と目を疑う作品だ。
一見、色面。よーくみると一つ一つは見えるかどうか分からないくらいのつぶつぶした縫い目がある。
禅僧ですか?と聞きたくなるほどストイックな作品である。
チラシや画像では絶対に分からない。
他の作品に比べ、最も小さいサイズの作品。長辺30センチないのではないか。
それでも負けていないのがすごい。
美容室では考えるのが面倒なので、よほどの事がないかぎり
長年切ってくれている美容師に任せることにしている。
この度は前髪ばっちり、横ぱっちりで
昭和初期「モダンガール」を狙ってくれたものと思われる。
特に問題はない。
しかし齢40に手が届くこの自分にモダンガールを被せた場合、
その実体はダウンタウンの松本人志監督作『しんぼる』
http://symbol-movie.jp/
のほうがより近いのではなかろうかという漠然とした印象を抱く。
一見普通の家具と思って近寄ると、
家具としては使用不能なオブジェであった。
ギャラリストに聞いたところ鉄の作家とのこと。
工業製品であれば左右対称のものであるはずのものが
よく見ると微妙にいびつな形をしているところが
物体に対するいとしさを喚起させる。
~9月27日(日)
トキ・アートスペース
http://homepage2.nifty.com/tokiart/090914.html
意外にも、これがなかなか難しい。
目の前に戻ってきたときは
そうそう、こんな奴だった、と思ったが
線一本直すにもやるとなると当時の意図を思い出さなければならない。
人って過去のものはあっという間に忘れるんですね。
今も去年も作っているものに大きな差はないように思われるがやっぱり変ったんだ自分。
当時作りながら「なんかエヴァみたいになっちゃった!」と思った記憶はあるが、
はたしてその「エヴァみたい」ってなんだ?おまえ?ええ?
と自問自答の日々。
最近展覧会のレビューを全く書いていないのは
気力がなかったせいなのだが、書かないでいるとどんどん忘れるので
やはり残しておくことにする。
実は越後には今年2回も行ってしまった。
計4日弱かけて7~80点は見たことになる。
このトリエンナーレは全てで300点以上あるのでこれでも1/3も見ていない。
数が多く、コンセプトもばらばらなので多くの作品は記憶に残らないが、
逆に有名無名を問わず、残る者は残るという、ある意味公平な展覧会ともいえる。
残る者の特徴は、土地や展示会場を使ってどれだけ相乗効果を発揮できているか、
この1点であると思う。
3年前に見たときはクリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマンが圧倒的にすごいと思った。
今回も圧倒的だったが
加え、直感的に書き出すと以下の美術家が記憶に残った。
ジェニー・ホルツァー
マリーナ・アブラモヴィッチ
塩田千春
馬文
山田健二
マーリア・ヴィルッカラ
ロビン・バッケン
スラシ・クソンウォン
スラシ・クソンウォン(タイ)の作品は高原の斜面に設置された巨大なブランコなのだが
(説明を読むと『ラ・モンテ・ヤングの「コンポジション」をコンセプトに、
神社やサオチンチャ(タイの巨大鳥居)のような木製の門型に古典的な椅子を吊るした。』
とあるがブランコにしか見えない)
乗るとやけに楽しくなり、体が勝手に笑う。
子どもの頃はこんな風に笑っていたなあと思い出したが
これって体が記憶している共通言語の一つだろうか。
単純だがそういう仕掛けに引っかかってしまうのは私の問題か。
3年前にも田んぼの上に設置されたブランコに引っかかったものである。
逆にいつも発表しているような作品、どこに設置しても問題ないような作品は、
見劣りがするという特徴をもつ展覧会である。
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