気付くと始まっていた横トリである。
概要を見ると今回のディレクターは逢坂 恵理子、三木 あき子。まあ普通。
構想会議メンバーにはスプツニ子!、 高階 秀爾、 鷲田 清一、 養老 孟司 も加わっており
(スハーニャ・ラフェルとリクリット・ティラヴァーニャ は存じ上げず)
異色のメンバーに期待を寄せた。
しかし。
テーマが大きすぎたのではないか?
全体に漠然とした印象を持つ。
個々のアーティストの作品テーマにばらつきがありすぎ、
深く見ることが全くと言っていいほどできない。
若くて独りよがりな作品が気になる。予算の問題か?
いや、やはりセレクションと配置に問題がある気がする。
とオラファー・エリアソンの作品を立ち止まらずに通過したときに思った。
その中でもよかったのは
柳幸典(一人だけで開港記念館の地下全部を使った作品)
Don't Follow the Wind -Chim↑Pom他12組のアーティストの展覧会-
(被り物をかぶって映像を見る作品。私はティッシュが半分出ている
ティッシュケースのついた被り物を被ったが周囲が一切見えない)
http://chimpom.jp/project/dfw.html#awalk
であった。
ヨコハマトリエンナーレ2017 島と星座とガラパゴス
2017年8月4日(金)‐ 11月5 日(日)
http://www.yokohamatriennale.jp/2017/index.html
今年は地方芸術祭の当たり年で、自分で認識しているだけで
瀬戸内、愛知、琵琶湖、埼玉、秋田、茨城と6か所で開催されていた。
全部はとても回れないので総合ディレクターが南條史生なら
まあ間違いなかろうと1泊2日で茨城へ。
県北ならば茨城の半分だから何とかなるだろうと思ったが甘かった。
パスポートのスタンプは1/3しか押せていない。
しかし既に地方芸術祭は越後妻有で実績を作っていることもあり
地図や道路上の表示は間違いなく、地域は広いが分かりにくい場所でも
近くに行けば確実に辿り着けるように、また渋滞区間が表示されているなど
効率よく回れるような配慮は感じた。
(越後妻有では地図や道路標示が間違っていることがあり
ドライバーとナビゲーターが必ず衝突する。メンバーの問題?)
以下心に留めておきたい作品などを記載する。
ザドック・ベン=デイヴィッドの「ブラックフィールド」は最も心を動かされた作品。
広い体育館一杯に配置された黒い木のシルエットは広大な雪国を思わせるが
それが反転すると色とりどりの世界になると知る瞬間は感動的。
小さな植物の切り抜きはそれ自体がそれぞれいとおしく感じられ
時間が許す限りその場に居続けたいと思わせる作品。
この作品に対面できただけでも来たかいがあったと思った。
落合陽一のある一定の地点だけで聞こえる声の作品(作品名失念)は独特な視点が面白かった。
ラジコンポートはわざわざ山奥までぐねぐねと道を上って行って、
ただ広場(近隣のラジコン愛好家の活動場所)に到着するというのも楽しかったが
係になっているおじいさんはもっと味があった。
「これが芸術って言われても私には分からんですよ。山が3次元でそこに2次元をとか言われたんですがね。
でも高倉健の幸せの黄色いハンカチと言われたら分かった。黄色じゃなくて黄緑なんだそうですよ」
茨城県民の率直な意見を聞けたこともこういう展覧会ならではの貴重な体験である。
(作品はピーター・フェルメーシュ。風景に違和感を挿入するという場所に見合った秀作)
町にある建物も素晴らしかった。
旧オーベルジーヌもこのままにしておくのは勿体ないくらい素敵な建物だが
何とかならないものだろうか。
袋田の滝などは近くまで行ったものの余りもに渋滞が激しく引き返す。
それ以降渋滞エリアの作品は全て避けて通ったものだ。
とここまで書いて、返す返すも全部回りたかったな…
KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭
2016年9月17日(土)~11月20日(日)
https://kenpoku-art.jp/
今回は名古屋、東岡崎に加え、豊橋と範囲が広い。
1泊2日で出来るところまで見るつもりで朝9時半に名古屋駅からスタート。
まずは名古屋市美術館。
展示場に入る前に地図欲しさにガイドブックを購入するが、
地図は会場に入るとフリーで置いてあるのを見つけ、作品を見る前に臍を噛む。
今回、市美は作品の数が少なく拍子抜け。あっという間に見終わる。
アブドラ・アル・サーディのスイカの風景絵画がかわいい。
そのまま栄、長者町方面へ。前回は薄い印象だが、明治屋栄ビルは建物作品とも充実している。
端聡、美しく完成度の高い作品。サン・ソンヒ、時間があればゆっくり見てみたい。
中央広小路ビルの「交わる水-邂逅する北海道/沖縄」(総合ディレクター:端 聡)の
ミヤギフトシの映像、同様に興味深い。
昼ごはんはコメダ珈琲のエビカツサンド。値段は高いがボリュームにびっくり。
午後からは愛知芸術文化センターの展示。
高橋士郎、見ていて楽しく、詩的ですてき。
オスカー・ムリーリョ、この作家の絵画、とても気持ちの良い身体性を感じさせるものだが
世界各地の学校の学習机に張った布に小学生に描かせるという彼の落書きプロジェクトも
同様に素晴らしいものだった。
一枚一枚めくってもらって各国の子どもたちの絵を比較しながら鑑賞し、随分ゆっくり過ごしたように思う。
大巻伸嗣、今回のトリエンナーレのメイン作品だが
事前の映像を見たのとうり二つだったのと、実際のチベット仏教の砂絵の映像を見てしまった後では
砂絵を薄味にした挙句スタッフを使ってシステマチックに作ったものに感じられてしまい、予想に反して全く刺さらない。
かつて資生堂で発表したのとほぼ同じ作品のはずなので彼のスタンスが変化したというよりこちらの問題か?
岡部昌生のように愚直、素朴にに同じことを繰り返しつつ拡大していくような作家が散見される展覧会の中だからか?
一日目のおしまいはイスラエル・ガルバンの「ソロ」。体1つで勝負を張ったプロの作品というかんじ。
串焼き屋で飲んで駅近のゲストハウスに泊まる。外国の人ばかりで楽しい。
2日目。
朝ごはん。名古屋のおにぎり屋さんで味噌カツおにぎりとお茶。
東岡崎では岡崎シビコの野村在の花火を使った箱作品と写真、その空間全体が静謐だった。
また、日曜美術館でやっていたせいか並んで入ったシュレヤス・カルレの作品も空間共々
(今にも壊れそうなビルだったが)奇妙で楽しめる作品となっていた。
クイズの謎解きのような見方をする観客が多かった。
昼ごはんは豊橋駅でチーズナポリタン。下に卵焼きが敷いてある。
豊橋公園ではアニマル・レリジョンのChicken Legzという作品を見る。
ものすごく高度な技は使ってないと思うのだが、演出と音楽が面白く、大いに楽しむ。結局1時間張り付きで見てしまう。
(別の公演だがこんなかんじhttps:/
公園でキャンプしながら推敲したらしい。
会場も大盛り上がりでアンコールの拍手が鳴っていたが、急いで水上ビル会場へ移動。
イグナス・クルングレヴィチュスのINTERROGATIONも人が並んでいた。
映像作品はあまり好きではないが一応見る。
そしたらすごい緊張感のある作品で驚いた。映像でこんなことができるんだ。
文字と単純な色面と音だけのつくりなのにも関わらず的確な心理描写が実現しており観る者に迫ってくる。
全部の作品を制覇したわけではないが、これがこの2日間のベストかもしれません。
絶対行くぞと誓っていた鳥の作品の作者はラウラ・リマ。というより鳥でした。
鳥のいる空間に身を置くというそれ自体に癒されました。
そうはいっても作品に生き物を持ち込むというのは非常にリスクがあるようだ。
終了後はこんな報告が↓
http://
夕ご飯。豊橋カレーうどん。カレーうどんの下にごはんとトロロがあるというもの。
トロロ、カレー負けし、あまり主張できず。主張されても困るかもしれんが。
今回のトリエンナーレは全体に素材にあまり手を加えない作品が多いのが特徴だったか?という印象。
庭園美術館ということもあり期待満々。オープンの翌日にいそいそと出かける。
しかし場所のせいもあるのか、いつものこちらを感情的に巻き込んでいく
ダイナミックな作品はなかった。
特に新館の展示。
南米で展示したというインスタレーションと
瀬戸内国際芸術祭の映像と砂丘に設置したインスタレーションの映像は
過去のアーカイブという印象は拭えなかった。
対して、朝香宮邸の作品は小さいながらも場所も楽しめ悪くなかった。
関口涼子の言葉を使った音声の作品は空間をより敏感に感じさせた点では興味深い。
しかし言葉による効果が大きく感じられ、それはボルタンスキーの作品なのか?という
疑問は残る。
影絵の作品は小さな監獄に自分が閉じ込められたような錯覚を抱かせる。
インタビューを見ると最近のボルタンスキーは作品の傾向を変えてきているようだ。
瀬戸内国際芸術祭の観客が5000円を払って風鈴を設置するなどは、自分の作品というよりは
作家は身を引き、人々の祈りの場所を作るという目的を持っているらしい。
しかし特定のアーティストの作品を期待している私としては
いささか異なる方向になってきているなという印象。
クリスチャン・ボルタンスキー
アニミタス-さざめく亡霊たち
2016年9月22日(木・祝)–12月25日(日)
会場:東京都庭園美術館(本館・新館ギャラリー1・2)
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